オンライン実験の倫理(2020年版)
オンライン実験に限らず,実験を実施する上で倫理委員会による審査を経ていることは,心理学では(ほぼ)当たり前になってきました。「法は倫理の最低限」と言われるように,法に触れない手続きだからといって研究上の問題にならないわけではありません。研究倫理は大別すれば,研究者としての倫理(研究慣行の倫理)と実施者としての倫理(実験・調査の実施者としての倫理)の2つに分かれると思われます。前者は,データ捏造や改竄,研究費の不適切な運用といった不正を行わないということです。近年であれば,研究不正とは言えないものの問題のある研究慣行(Questionable Research Practices; QRPs)も知られています。後者は,参加者の権利保護やデータの保存・機密保持といった研究実施上の問題を防ぐということです。ヒトや動物を対象とした研究には多かれ少なかれリスクがあり,研究対象に対して害(harm)を与える可能性があります。そのため,研究を実施する上では,対象に対するリスクの最小化と(研究上の)利益の最大化を目指さねばなりません(少ない犠牲で最大の成果を得る)。具体的にどのような点に気をつけなければならないのかについては多岐に渡るため,専門書籍などに譲りますが,オンライン実験やクラウドソーシングでの実験に関する倫理については以下のサイトや文献でまとめられています(以前もどこかにこれらのガイドラインを書いたのですが,URLが変わっていたので,こちらが最新です)。
- Waterloo大学のクラウドソーシングを用いた研究のガイドライン
- イギリス心理学会によるinternet-mediated researchの倫理ガ イドライン
- アメリカの心理学者向けのガイドライン
日本の心理学関連学会からのガイドラインは執筆時点(2020年12月7日時点)では存在していないので,オンライン実験を行おうと考えている方は上記のガイドラインを参考にし,倫理審査を受けていただくとよいでしょう。加えて,倫理審査を行う側としても知っておくとよいかと思います。
最後にオンライン研究における倫理に関して,個人的に思っていることを書きます。自分でオンライン実験をやるようになって,オンラインでの実験・調査,特にクラウドソーシングを利用したものについて,学会発表や論文はチェックするようになりました。その中で,気になるものがいくつかありました。例えば,ネガティブな画像を呈示する実験,ネガティブな気分誘導を行う実験などです。ネガティブな画像呈示はネガティブ気分誘導の手法の1つでもあるので,実験の目的がネガティブな気分誘導でなかったとしてもネガティブな気分が誘導される可能性は大いにあるでしょう。単純なネガティブ画像だけでなくフォビア(恐怖症)に関連する画像なども含まれると思います。これらの実験が倫理審査を受けて許可されているのかまではわかりませんが,こういったリスクのある実験を対面で行う場合には倫理上の配慮が必要になります。対面実験では,離脱の自由などはもちろんですが,実験後にネガティブな状態が継続しないように配慮する(例えば,気分改善にポジティブな画像を呈示する),実験中に定期的に参加者の状態をモニタンリングする,ネガティブな状態が継続した場合には休憩してもらう,場合によっては保健センターでの対応を行うなどです。これらの対応は対面でのみ可能なものが多いので,オンライン実験で同等の対応を行うことは難しいでしょう。個人的にはネガティブな気分が喚起されるような実験はオンライン実験は避ける方がよいと思います。もし,どうしてもオンライン実験をという場合は,学内のコンピュータ室での実施のみとし,実験者がその部屋に待機しているというような準オンライン実験などが限界ではないでしょうか。
もちろん,画像はダメだとして,文字はどうなのかなど,様々な疑問が湧いてくるわけですが,オンライン実験は新しい試みであるため,これから倫理も含めて色々な点が整備されていくのだとは思います。それまでの間に,一部の不適切なオンライン実験の実施によってオンライン実験全体が問題視されることがないように,すべての研究者が倫理的配慮を行ったオンライン実験を実施する必要があると思います。上記のガイドラインを参考にしながら,「リスクを最小化し利益を最大化した」オンライン実験を実施していきたいですね。
この記事はOnline Psychological Experiment Advent Calendar 2020の7日目でした。